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五穀豊穣・家内安全の神様。神輿は町内のものでは最も大きいものです。近年の祭りの中心はなんといっても流鏑馬です!人も馬も装束を纏い、走りながらの的の射抜きは雄壮で歴史ロマンを感じさせてくれますよ!
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◎流鏑馬開始時刻 午後1:00〜2:00ごろ開始
★平成18年10月1日(日)は流鏑馬奉納が終了後、奉納舞が披露されます。 澄派山村流 1.三番叟 2.連獅子
■駐車場 旧自動車教習所跡地
または、下記連絡先まで |
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◆お問い合わせ先 東洋町観光協会(東洋町自然休養村・東洋町青少年旅行村内) TEL 0887−29−2346 |
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高知県安芸郡東洋町野根小字中ノ坂に鎮座する野根八幡宮は、九州宇佐八幡宮の分社で祭神は応神天皇。鎌倉時代、野根宗惟氏の創建と伝承され、昔は八幡宮付近は野根川の川尻だったと言われています。古い棟礼記録には、室町時代・長享2年(1488)に若狭了泉、長亮3年(1489)に推宗兵庫亮長親、永禄9年(1566)に地頭惟宗右衛門助国長。江戸時代初期の慶長6年(1601)に富永頼母(甲浦・野根・佐喜浜代官)まどがあります。 社格は旧郷社、すなわち野根全域の氏神ですが、現代の氏子は、もと野根浦四町の在籍者(転出者も含む)が主体です。明治6年12月12日の火災で、本殿拝殿はじめ古記録すべてが焼失。翌年に再建。現在は、本殿・拝殿・通夜堂・御輿倉・脇宮二社(左側が高良玉垂神社・右側が若宮神社)のほか、境内社として皇太神宮、金比羅神社、琴平神社があります。また皇太神宮鳥居の元に力石2基(38sと61.5s)があります。 |
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野根八幡宮大祭は、本来は陰暦9月15日だが、明治44年から祭日を新暦に改めることになり、その年の陰暦9月15日が新暦10月6日だったので、以後は新暦10月6日を祭日としていました。平成11年からは10月第一日曜日に変更しました。 主な行事は、御輿渡し・流鏑馬・※ウラテ・※ホオト踊り・※市の舞・※三番叟ですが※印は現在休止中です。(平成18年祭事では三番叟は行われます。)行事の分担は昔から決まっており、御輿渡しと三番叟は野根浦の行事、流鏑馬・裏手・ホオト踊りは野根郷の行事です。以下、大祭行事の列拳です。 |
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※土曜日=宵宮(よみや)=夜の祝宴。若衆宿では新加入の認定。練子組の合宿。 ※日曜日=大祭日=早朝の宮巡り、社理子、御輿渡し、市の舞(廃止)、三番叟(廃止)。 郷部の流鏑馬、ウテラ(廃止)ホオト踊り(廃止)。夜は各家々での宴会。 宴会を「ヨバレ」と言い、コケラ寿司を中心にした皿鉢料理を作る。 ※月曜日=仕手上げ(しであげ)=夜の慰労会。定年若衆の当屋送り |
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流鏑馬は野根郷の担当する行事で、鎌倉時代からの行事だと伝承されています。 現在は農耕馬がおらず、流鏑馬行事保存協議会による運営となっていますが、ここでは昭和25年に書かれた記録により、本来の行事内容を記してみます。 野根郷を口郷と、奥郷とに二分し、毎年交替で流鏑馬を出します。馬は郷部の農家の飼育している農耕使役馬から選出します。 まず旧暦8月1日(八朔)に候補馬を出し、大道二本松にて1馬づつ駒競べを行って走力の優れた癖のないものから流鏑馬2馬と從列1馬を選抜。この選抜に合格した馬が基の年の奉仕馬となります。奉仕馬には、翌年、八幡春日両神社所有の田を、流鏑馬には各2反づつ、從列には1反歩の少作権が与えられます。 大祭の4日前に三頭の奉仕馬と乗り手は八幡宮に宮籠りし、大祭当日まで毎朝早朝八幡宮と名留川春日神社間を懸け走ります。大祭前々日の4日には馬場見せの式があります。これは騎射の予行練習みたいなものですが、早くも見物人が集まってきます。 大祭当日の午後、御輿が宮入りを済ませると、境内では、流鏑馬、ウラテ、ホオト踊りなどの行事が始まります。流鏑馬は馬2頭が馬場を3回疾走し、狩装束の射手が馬上から3ヶ所(現在2ヶ所)の的に矢を射かけます。近郷近在から集まった縁者や見物人は、重箱に入れたごちそうを食べながら、行事を楽しく見物しました。 旧暦9月17日には同様の流鏑馬行事が名留川の春日神社でも行われます。旧暦時代では野根八幡宮大祭の翌々日に当たります。現在、流鏑馬がある所は希少です。 |
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